「観る」ことで主体と客体が見えてくる──そして溶けていく
「観る」ことで主体と客体が見えてくる──そして溶けていく
「観る」ことには、
驚くほどのパワーがあります。
それまで無意識に
同一化してしまっていた
非自己を、客体として
切り離すことができるから。
観ることは、
主体と客体をはっきりと
分ける働きをします。
分離と非分離、両方が成り立つ世界
しかし別の角度から見ると──
その客体すらも、
実は主体の一部なのだと
気づくことができます。
本来、主体と客体は
二分できるものではないのです。
それは一見すると
矛盾して聞こえるかもしれません。
でもこれは、
分離の世界における「同一化」と、
そもそも分離のない世界の在り方が、
全く違うフェイズで語られているから。
水平と垂直の意識の違い
本質的な話が矛盾に聞こえるのは、
水平(現象や物語のレベル)ではなく
垂直(本質や在り方のレベル)で話しているからです。
水平の意識だけで聞いてしまうと、
「え?どっちなの?」と
頭の中にハテナが飛び交うのも
それは当然のことなのです。
観ることは、ハテナを通り抜ける入り口
だからこそ、
まずは「観る」こと。
観ることで、同一化が外れ、
主体と客体の区別が明確になります。
そしてその先で、
その区別すらもが
溶けていく体験が訪れます。
自分マスター講座では、
この「観る」ことを、
日常と身体を通して
確実に自分のものにしていきます。
頭で理解するだけでは
辿り着くことができない、
体験としての気づきが
ここにあります。
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