恨みを手放すとき、被害者役から自由になれる

恨みを手放すとき、被害者役から自由になれる

「あの人のせいで…」「あの出来事のせいで…」
そんな想いを抱えたまま生きていると、気づかぬうちに“被害者役”の舞台に立ち続けることになります。

けれど、恨みを手放したときに初めて、私たちは被害者という役を降り、本来の自分に還る道を歩き出せるのです。

距離を置いてしまう人への感情

誰しも「なぜか距離を置いてしまう人」がいるものです。
表向きは穏やかに振る舞っていても、心の奥ではその人に対して何らかの「恨み」や「責める気持ち」を抱えていることはありませんか?

実は、この小さな“恨み”こそが、被害者役を続けてしまう大きな原因になります。

恨みの根っこは「被害者意識」

恨みという感情は、「誰かや何かのせいで自分が不幸になった」という想いから生まれます。
つまり、自分の不幸を外側に委ねている状態です。

けれど、本当の自分はそんな依存的な存在ではありません。
外の状況に翻弄される被害者役ではなく、源とつながった主体そのもの。

被害者役を降りるという選択

恨みを抱き続けることは、言い換えれば「私は被害者でいること」を自ら選んでいるのと同じです。
そのままでは、どこまで行っても本来の自分──観照する主体──に還ることはできません。

恨みを手放すとは、加害者を許すことではなく、「私は被害者役を降ります」と決めること。
そのとき初めて、意識は自由を取り戻します。

自分マスターで実践すること

自分マスターでは、

  • 被害者役のままにしている恨みを観照すること
  • 反応的にその恨みをエネルギーにしないこと
  • 役割を超えて「ありのまま」に還ること

などを実践します。

恨みや被害者意識に気づくことは痛みを伴うかもしれません。
けれど、その痛みを観照し、超えていったときに、人生そのものを肯定できる道が開けていくのです。

まとめ

距離を置きたくなる人の影には、気づかない「恨み」が隠れていることがあります。
それを観照し、手放すとき、あなたは被害者役を降り、本来の自分に還ることができます。