「明日」という病気──私たちはなぜ今やらないのか

「明日」という病気──私たちはなぜ今やらないのか
以前、道場でちらっと話した
グルジェフの言葉を思い出しました。
『ベルゼバブの孫への話』の中に、
こんな記述があります。
彼らの中に存在するこの奇妙な衝動に関してわし自ら特別に行った観察・調査の結果、実際彼らの体内のこの異常な衝動を生み出す要因は、彼ら自身にとって最も有害であることがはっきりした。
この異常な希望のために、実に不思議で奇妙な、おまけに進行性の病気が未だ彼らの間で発生し、居座っているが、この病気は<明日>と呼ばれている。
この奇妙な病気<明日>は恐るべき結果をもたらした。これにかかった不幸な三脳生物たちは、自分はきわめて望ましくない事態に直面しており、そこから脱出するためにはある努力をせねばならないことを、いやそればかりかいかに努力すればいいかまで身体全体で知り、心底納得しているにもかかわらず、この厭うべき病気<明日>のために絶対にこの必要な努力をすることができないのだ。
これは有害ではあるが、あの巨大な恐るべき悪の一部に過ぎない。そしてこの悪は、大小さまざまな原因からこの哀れな三脳生物の通常の生存プロセスに集中しておる。だからわしがこれまでに言ったことを知った不幸な者たちは、<明日>からまた<明日>へと事態を引き延ばし、そのために真なるものを獲得する可能性をすっかり奪われているのだ。
この文章に出てくる
病気<明日>
という言葉。
グルジェフらしい、
とても鋭い表現だと思います。
■ 明日という幻
人はよくこう言います。
明日やろう。
もう少し準備してから。
タイミングが来たら。
けれど、
人生は
「明日」では進みません。
あるのは
今
だけです。
実際には
今しか存在していないのに、
私たちは
「明日」
という幻に
目くらましされてしまう。
■ 今しかない
本当の意味で
何かが起こるのは
いつも
今
だけです。
変化も、
気づきも、
行動も。
すべて
今にしか起こりません。
だから、
「明日」
という病気に
かかっている限り、
人生は
ずっと先延ばしになります。
今日ではなく、
明日。
今ではなく、
いつか。
そうしているうちに、
人生そのものが
先延ばしされていきます。
■ 今に戻る
今日、
いや、
今
ほど、
この言葉を
考えるのにふさわしい時は
ないのかもしれません。
そもそも、
今以外の時間は
存在していないのだから。
「明日」という幻に
目くらましされないように。
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