手放すために手放すのではない──執着していいという自由

手放すために手放すのではない──執着していいという自由

「手放しましょう」

よく聞く言葉です。

でも、

手放すこと自体が
目的になってしまうと、

それはそれで
ちょっと窮屈になる。

本当は、

手放すのって、


手放すためにやるものじゃない。

■ 好きなものを掴むため

手放すのは、

好きなものを
ちゃんと掴むため。

余計なものを握りしめたままだと、

本当に掴みたいものに
手が伸びないから。

だから、
手放す。

それだけのこと。

■ ニュートラルも同じ

ニュートラルでいることも、
同じです。

ニュートラルであることが
ゴールではない。

ニュートラルであるのは、


好きな方に動き出すため。

偏りや執着に引っ張られずに、

本当に望む方向へ
動いていくため。

■ 安心して執着できる

もし、

いつでも手放せると
わかっていたら。

いつでもニュートラルに
戻れるとしたら。

どうなるでしょうか。

たぶん、

もっと安心して、


好きなものに執着できる。

思いきり
関われる。

遠慮せずに、
飛び込める。

■ 自由ということ

手放せないから苦しい。

ニュートラルに戻れないから、
縛られる。

でも、

戻れるとわかっていたら、

執着することすら、
自由になります。

だから、

好きなものに
執着していい。

むしろ、


思いきり執着していい。

その奥に、

もっと自由な在り方が
見えてくるから。

手放すことも、
ニュートラルでいることも、

すべてはそのためにあるのかもしれません。


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