やりたいことをしているのに苦しいのはなぜ?──「本当の自分」とズレて生きているサイン

やりたいことをしているのに苦しいのはなぜ?──「本当の自分」とズレて生きているサイン

したいことをしているつもりだけど、
実はそれは自分がしたいことじゃなくて、

親がさせたいことだったり、
社会的に評価されることだったり、
時代的に正しいとされることだったり、
常識と言われているだけのことだったり。

むしろ、そっちのほうが
「当たり前」になっていたのが、
これまでのこの世だったのかなと思います。

その結果、

苦しみや怒り、
嫉妬や批判、非難でいっぱいになっていって、
偽善が横行し、

世界からは、争いが絶えなくなっていく。

■ 水平ドラマへの絶望から始まる探究

そんな苦しみの中で、

水平ドラマへの絶望や、
虚無を味わうことがあります。

それでもやっぱり、

「どこかには、
苦しみのない世界があるはずだ」

という望みが、
ふと顔を出す。

そこから、
探究が始まる。

■ 形を生み出す、無形のスペース

水平ドラマがつくられている
その根源を見出していくと、

そこには、

形を生み出す無形のスペースがある。

水平を織りなす、
垂直の宇宙がある。

水平は、
瞬間ごとに移ろう
現の世界だけれども、

その移ろいが、
消えてなくなることはない。

垂直からのものを、
紡ぎ続けている。

■ 垂直が永遠であるということ

垂直が永遠であるからこそ、
水平もまた、
永遠に生み出され続けていく。

その中で、
生かされていることを知ったとき、

生命が自分の中に流れ込んでいる間は、

水平ドラマの中で、

自分を通して、
宇宙が生み出したがっているものを
表現して生きること。

それが、
私たちの役割なのだと分かる。

■ 「私を生きる」と宇宙の意志が重なるとき

私を生きることと、

宇宙が生み出さんとしていることが
一致してくると、

それまでリアルだと思っていた
苦しみは、

幻想だったのだと、
腑に落ちる。