幸せを追いかけるのをやめたら、そこにあった──内に還るということ
幸せを追いかけているうちは、たどり着けない
幸せの基準を、社会や世間、
誰かに教わった価値観に
置いている限りは──
私たちは、ずっと
“幸せを追いかける側”にいる。
外側の条件が整ったら
幸せになれるはず…
周りに評価されれば
安心できるはず…
誰かに認められたら
満たされるはず…
そんなふうに“外の基準”を
幸せの物差しにしてしまうと、
それに合わせ続けるために、
ずっとずっと走り続けなければ
ならなくなってしまうのです。
幸せは、すでに「ここ」にある
「幸せは自分の内側にある」
一度でも、それに気づけたなら──
もう、追いかける必要はなくなります。
だって、すでにそこにあるんだから。
誰かから与えられるわけでも、
何かの特別な出来事によって
手に入るわけでもない。
静かに「今ここ」に在るとき、
何かを新たに足さなくても
すでに満ちている感覚に
気づくことができます。
「ある」から始めると、人生は変わる
「幸せを探す」生き方は、
「ない」から始まる生き方。
逆に「ある」から始まると、
そこから広がる行動や選択は、
まったく質が変わります。
何かを証明するためではなく、
ただ表現したくて自然と動く。
何かを得るためではなく、
すでにある「豊かさ」を
自然と分かち合いたくなる。
幸せの基準を、自分の内側に置く
「幸せになるための条件」を
満たそうとする生き方ではなく
自分マスターとは、
すでに内側にある
“幸せそのもの”を土台に
生きていくことの実践です。
そのために必要となるのは、
自分が今「置いている基準」が
「どこにあるか」に気づくこと。
外に置いていた基準を、
内側へと還していくとき、
その人生は“探す旅”から
“味わう旅”へと変わります。
あなたは、今日、
どこを基準に生きていますか?
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