西洋医学と一部ヒーリングに共通する問題

 

物事の観方・世界の捉え方を磨いていく

本質に還るヒーリング整体☆波動調整®です。

 

 

ところで

私たちは機械ではありませんよね!?

 

 

機械であれば

パーツパーツをバラバラに分解しても

設計図通りに組み立てれば元に戻ります。

 

 

しかし、私たちの身体は

バラバラに分解しても元の身体には戻りません。

 

 

目に異常があれば目を診る

 

耳が調子悪ければ耳を診る

 

脳は脳、心臓は心臓

 

こうやって身体のパーツを

1つ1つバラバラに診たところで

身体全体のことが捉えられるでしょうか?

 

 

私たちの身体はネジや歯車などと一緒で

壊れたパーツだけを直せば動き出すような
単純な構造・運動だけの存在なのでしょうか?

 

そもそも身体のパーツパーツが交換可能なの?

 

 

これをご覧頂いている鋭い読者のみなさまのような

感覚の鋭い方なら何か違和感を感じると思います。

 

 

でも、こうした機械論的な考え方は

現在の西洋医学のベースの考え方にあります。

 

 

歯科・眼科・耳鼻科・泌尿器科・心臓外科・産婦人科etc

 

当たり前に身体をパーツパーツで診ていきます。

 

特定の部位・専門領域のことだけ分かって

ほかのパーツのことは関係ないので分かりません。

 

そんなことを平気で言うドクターもいるかもしれません。

 

さらに言えば、機械的に物事を見るということは

機械(検査)で測定出来る範囲のことしか分からない

 

逆を言えば数字に出ないもの・見えない領域のことは

分かりようがないというのも1つ言えることでしょう。

 

 

こうした背景から原因不明とされる症状が発生するわけです。

 

 

表面化している症状に合わせて

その症状を抑える薬を処方したり

症状の出ている箇所を部分的に治療したり

 

あくまで『対症療法』的なのも特徴です。

 

別に西洋医学が悪だと否定しているわけではなく

現状では上記のような課題もあるということです。

 

(実際には外科や救急など優れた分野も多くあります)

 

しかしながら、一部のヒーリングという分野に関しても

西洋医学と同様の問題を抱えているものはないだろうか?

 

 

痛み(症状)の出ている箇所に

ただ気やら手やら当てるだけだったり

 

機械的にチャクラを整えるだけだけや

表面的にサトルボディ領域を均したり

 

機械やチャートで測定できる範囲の

正常とされる範囲に数値を寄せるために

アロマやらエッセンスなどを使ったり

 

そんな風に身体をパーツパーツに捉えて

ただ出ている症状を抑えるためだけや

見える範囲だけの状態コントロールのために

狭い視野の中で行われているような施術

 

身体全体のつながり・宇宙の流れを無視して

対症療法的にのみ癒しを捉えている部分

 

 

目の前の症状を消すことがヒーリングなの?

 

 

そこを目的とするならば

それは問題視されている西洋医学的な行為と

同じ視座に立った何ら変わらない行為に過ぎない。

 

 

癒しの根本は、症状を消すことにはない。

人の身体を分析に診断することでもない。

 

体も心も魂も丸ごと含んだ

見える領域も見えない領域も含んで

分離した個ではなく”つながり”で捉えた

広い視野を持った上で向き合われるべきもの

 

 

私たちは交換の効く機械ではない

そう聞くと、当たり前だと思得るかもしれないけれど、

知らず知らずに身体を機械的に捉えているかもしれません。

 

 

当たり前に考えている私たちの身体に対する考え方

その枠組みから少し抜け出して現状の認識を考えてみてください。