なぜマントラ・シンボル・結界を使う必要がないのか・・・

 

マントラもシンボルも何も使う必要がない

本質に還るヒーリング整体波動調整®です。

 

 

よく一般的なエネルギーワーク・ヒーリングでは

マントラ・シンボル・結界を使うことがあります。

 

何かを唱えていたり、

場の中で手で文字を書いていたり

何かアクションとともにイメージしていたり

 

見たことがある人もいるかもしれません。

 

 

マントラ(真言)シンボルなどで

特定の言葉や音を唱えたり、

特定の形状やイメージを描くことで

エネルギーが引き上がる

 

結界を張ることで自分が守られる

 

 

それらの背景には何があるのでしょうか???

 

 

扱うエネルギーが強力になる

 

こんな発想が一番の根本なのだと思います。

 

確かに意図は強まるはずですが、

 

より強力なエネルギーであればあるほど

ヒーリング効果が高くなるという前提。

 

果たして本当にそうなのでしょうかか・・・

 

 

また

クライアントとの間の分離によって

相手や場から影響を受けたくないと

防御壁・いわゆる結界を張る

 

 

これらは単純な

癒す側・癒される側

ヒーラーとヒーリーという

ポジティヴとネガティヴという

 

 

分離意識の中の世界

 

 

これらに関して言えるのは

 

ツール自体に力があるということ

 

ツール自身に力を求めている状態

 

 

そして一番の裏側には

 

邪は排除すべきものであり、

強力なポジティヴな力出ないと

ネガティヴな力を除去できない

 

という、

 

恐れの感情

 

 

マントラ・シンボルを執拗に有難がる背景には

これらの観念がはびこっているのかもしれません。

 

 

波動調整®の中では

 

マントラ・シンボル・結界などは使いません。

 

また、それらや何かの道具を使ってことによって

エネルギーを引き上げるということはしません。

 

(そもそもエネルギーを送るわけでもないが)

 

エネルギーが高いから良いとかはなく、

その人・その人の固有のバイブレーション同士が

その場における一期一会の共振が起こるだけです。

 

 

存在という波動のレベルでの共振

 

 

(これらの共振は特別なことではなく

日常から全ての場の中で起きていることですが)

 

 

そこには、力の強い弱いによっての良し悪しはなく、

どんな微弱な波動でも場に必要な共振が起きています。

 

 

施術をする側と受ける側の間には

量子のレベルでは境目はありません。

 

 

お互いが全体の中の違った一部に過ぎません。

 

 

またその間にある場とも境目はありません。

 

境界を作っているのは

いつでも人の意識なわけです。

 

 

なので、エネルギーが強ければ良い、

そういった考え方は一切する必要がなく

 

自分の存在を場や相手と切り離して守る、とか 

そういった考え方とはむしろ真逆の方向性

 

それが波動調整®で起きていることです。

 

 

シンプルに考えてみましょう。

 

 

エネルギーが強力な程良いヒーリング、というのは、

より強力な爆弾があれば戦争に勝てるっていう論理です。

より強い殺虫剤で不快な害虫を駆除するようなものです。

 

 

悪いものを力でねじ伏せるのが正義、という

旧時代的な単純な闘いの中の世界観なわけです。

 

 

戦いに終わりはありませんし、

あくまで対処療法にすぎません。

 

そもそも不快な害虫と決めている

意識はどこにあるのでしょうか?

 

 

実際の生命というものは精妙なものであり、

この世界全体の波動の場もまた同様なはず。

 

強いエネルギーが良いという論理を

そこに当てはめるのは本当に適切でしょうか?

 

 

 

・強いもので消し去ってしまいたい何か 

 

・壁を作って内と外を分けようとする何か

 

・癒す行為を通して満たしている自分の何か

 

 

ここにある背景と向き合うことができれば 

必要以上にツールをありがたがることもなくなり

本当の意味でのヒーリングになるのではないでしょうか